大連から瀋陽までのおよそ300キロを4時間半かけて移動する。汽車の中では若い女性が熱心に丹念に化粧していた。ちょっと前の中国では化粧するのは玄人だけだったから、本当に変化は急激。
スマフォを持っている人が実に多い。スマフォやipadでケームをする人が多いせいか汽車の中での話し声が控えめ。車内の清掃は徹底していて、2時間ごとに床も清掃している。そのおかげでかヒマワリのタネの殻等も落ちていない。そして日本と同じように香料入り洗剤が流行っているらしい。いい匂いがする人がいる。それにタバコの煙が無い!いくら禁煙とはいえ信じられない。本当に豊かになったんだなあ、中国。
大連は港があるから、一年中温暖だという、ということは瀋陽は温暖ではないのだ。普通に寒いに違いない。汽車の窓のそとの景色はだんだんと色を失ってゆく。65年ほど前、かつてこの道を日本人達は長春(満州の首都)からもっと長い距離を何ヶ月もかけて逃避行したのだ。飢えとロシア人の狙撃から逃げながら。
私の父は平壌からの引揚者なので、この道をたどってはない。しかし多くの日本人が苦しい中で眺め他であろう風景は、やはり重く寂しかった。
瀋陽に到着!寒がりの私をあざ笑うかのように吹雪、ー17度の寒さ!
駅で待っていてくれた友人と無事合流、雪の中1時間タクシーを待つ。私を良く知る友人、「とりあえず食わそう」ということで、近所の食堂に連れていってくれた。
う、うまい!!夢にまで見た(見てないけど)中国の庶民の味っ!うまいよ〜〜〜。この量を女二人で完食。さすがに夕飯は食べれなかったのでした。
友人の家は、庶民の暮らす普通の団地だった。3部屋+居間の70平米でインターネットや水ガス代電気代含め、家賃月2000元。日本人の物価感覚で言うと20万円か。アラシャンでは400元だった気がする。さすが都会、結構高い。でもソファーはふかふか。キングサイズのベッド、まともに映るテレビ(私はかつて中国でテレビ運がなかった)で、ご機嫌。実はこの友人、半年前まで東京にいたのでつもる話もない。でも彼女の仕事の話を聞いて楽しんだ.