昔の恋人は、見知らぬ他人の顔をして私を迎えた。
2年半ぶりにリニューアルオープンした、東博の東洋館の話。
ここしばらく表慶館で展示されていた作品も、仲間たちとそろって一気にお目見えした。作品数が多く、非常に迫力ある。
が、昔の恋人としては異論がある。モダンで華奢でオシャレな今の君(東洋館)より、骨太の昔の君(東洋館)が好きだった。君は僕だけのものだった。今の君は、みんなに好かれようとする不景気時代の街角の若者みたいだ。
誰にでもいい顔をするのかい?前よりもたくさんの男達に囲まれて満足かい?綺麗に肌の手入れをして(ガラスが透明度が高く美しい)、そんなに肌を露出して(至近距離で作品を鑑賞できる)、まるで出見世に出た遊女のように着飾って(キャプションが日本語、英語、中国語、韓国語表記されており、それだけでもデザイン的で非常に美しい)。
いいさ、僕にも分かってるんだ。僕達が一緒に過ごした時間は君にとってはほんの短い時間だってこと。君はそうやってファッション(箱もの)を変えながら、未来に渡って行くんだ。僕よりもずっと長い時をこれからも生きて行くんだ。でも寂しい。僕のものだけだったころが懐かしい。
ああ、でも、昔の恋人として、君の成功を祝わせてくれ。君は素敵だ。誰よりも輝いているよ。とても1000年以上のはるか遠い場所から旅して来た人(作品)とは思えない。これからも君の事を誇りに思うよ。
東京国立博物館の東洋館が再開した。
久しぶりの大型博物館の誕生だ。
私はガンダーラ彫刻とカンボジアの仏像彫刻は表慶館にあった頃の方が美しかったと思うけれど、それぞれの作品の家がやっと完成した。アジアの布や西アジアの遺物、中国の石彫は圧巻の美しさ。それらを見守るお客さんたちの目には、昔の恋人と再会できたような夢中の輝きがあった。
"I finally found you My missing puzzle piece I'm complete"とは
Teenage dreamの歌詞だけど、日本の国立博物館にとってもそんな感じ。外国と同等レベルの大型博物館にやっと戻った印象。
箱ものや展示方法が代わると、作品も変って見える。影響を受けていないようで、その時代の価値観や感覚にしっかりとデコレーションされるのだ。「これらの作品は100年後、どんな箱ものに入ってるんだろう?」と思った。
画像、夕方の概観写真は友人が撮影したもの。博物館が生きている感じが伝わって来る!(^_^)